天才の俺が気付いたら中卒、病気持ちだった件

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スーパーマリオ オデッセイを我慢できずにプレイ。エンディングまでとりあえず行ったので、ネタバレ無しの感想

スーパーマリオオデッセイを一言で表現するならば、「あのワクワクをもう一度!」となると思う。

オープニングから、ワクワクが止まらなかった。そしてこのワクワクはエンディングまで絶えることは無かった。

このワクワクという感情は、どこか懐かしさを感じさせる。俺は初めてゲームをしたのは、ゲームキューブピクミンだったんだけど、あの時はキャラが自分の操作で動く事、見たことない世界を冒険出来ること、漂うゲーム独特の雰囲気などに感動が絶えなかった。

そんなゲームの、作品としての面白さというのを度外視した、ゲーム自体が本来持っている性質は、ゲームへの慣れにより、失われていってしまった。どこか主知主義的なゲームプレイングが自分の中でも目立ってくる。これはゲームを嗜む方なら誰しもが経験することでは無いだろうか?

 

そんな失われていた、楽しさとは違う、「自分で気付き、発見していくワクワク感」をこのマリオオデッセイは取り戻してくれたと思う。それが何故なのかは正直分からない。

だが確実にこのゲームは、受動的なプレイだけでなく能動的なプレイを含んでいる。恐らくそこが、関係しているのではないかと思う。

エンディングまでは寄り道しなければ、かなり短時間で行ける。だがゲームの満足度はプレイ時間に比例しないというのが今回で良く分かった。ある意味エンディング語後が本番なのだが、エンディング後が無かったとしても俺は一本のゲームとして、相当な満足を得ることが出来るだろうと思う。

それはストーリーの良さも関係していると思う。大きくも無く小さくも無いストーリーの規模が、旅という今作のテーマにマッチしている。何気にマリオ達の新しい一面も見れて楽しかったなぁ。

 

しかし、ここまでを要約すると、ゲームに受動性を求めている人は楽しめないかもしれない。自分で好きな場所に行き、好きな写真を撮り、好きなプレイをするという創造性をゲームに持ち込む人か否かで、このゲームの評価は大きく分かれる。受動ゲームにも名作は一杯あることは言っておきたいけど、これほどゲームの多様性というのを改めて感じるさせる作品は中々ないと思う。

 

ゲームにはいつか終わりがある、だがプレイする人間には終わりがない。ゲームに無限性を持たせるために、システム量を増やすのではなく、プレイヤーの無限性を活用するというのは、今までも使われる手法ではあったが、マリオでは初めての試みだと思う。映画「海の上のピアニスト」にもそんな感じのセリフあったよね。ピアノを弾く人間が無限っていう…、おぼろげだけど。

 

ゲーム好きな人程オススメな本作、是非プレイしてみて!

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