天才の俺が気付いたら中卒、病気持ちだった件

病気持ちの元?天才が本気を出すブログです。その傍ら学問、ゲーム、映画、アニメ、イベント(美術展)についても

能力が落ちていることを眼前に提示させる体験 平成と昭和の幸せ

一昨日ゲンロンカフェの千葉雅也師匠の回を聞きに行ったんだけど、話が難しくて2割位は理解できなかった。しかも理解できたと思っているところもなんとなくの理解で、千葉さんの考え方を見つめることとかキーワードの結びつきの全体像を追うことは出来なかった。

凄く悔しかったぜ。涙が出るくらいに…。ずっと避けてきた、俺の今の読解力を代表する能力群はかなり落ちている、読解力に関しては日本人の殆どの人の出来る読み書き計算の一つか出来なくなっているというかなりやばいクラスのものであるという事実を目の前に叩き付けられた。

俺はこれを自覚するのが怖かった、だから逃げることを決めた。うつから、人から、やりたいことから、逃げ続けてきた。それが良かった面もある、もうしばらくは逃げた方が良いとも思う。だが向き合うべきこととも向き合わないといけない。うつで苦しむことで解釈が変わる、それがうつの治療と思っている俺はタイミングを図って向き合う行動もとりたいと思っている。

ただ一つ年上の俺の兄貴が凄い人で完敗だったんだよなー。競争からは抜け出したと思っていたけど、どうやら年の近い人は別みたいだね、学歴コンプレックスを持ち続けているのも彼らが若いことの代表だからかもしれない。

帰り道、俺は一本の木を見て自分と重ね合わせていた。動きたいけど動けない苦しみ、能力という枷があって運命から逃れることの出来ない絶望、努力すれば報われるという幻想を信じることもできない虚無感。これらを心地よさとともに感じていた。そう心地よくもあるんだ、これが良いのかは分からないが適度な苦しみなら気持ちよくなくなるらしい。ほんとに適度ならだけどね。

人間には逃れられないものがあるが、なぜかそれは抗えば変えられるという幻想も持つ。でもだから人は幸せなんだともいえる。でもねそれじゃ幸せになれない人も少ないけどいる、努力が出来なくなった人、努力で越えられない壁にぶつかっている人、これらの状態でありながら運命は変えられるという幻想を持ち続けるとニヒリズムにおちいるだろう、今の俺がそうだ。

変わらない運命を覚悟して生きるという、昭和的な幸せ観という受け皿がまた戻ってきてくれると良いな。